カリーニングラード3日目
カリーニングラード3日目。明日からはほぼ移動なので実質最終日です。
まず朝はユジュニ(南)公園を通ってブランデンブルク門へ行きます。
というよりもバスが相変わらず使いこなせなかったので仕方なく公園を歩いただけなんですが。

意外と公園内も城壁が沢山残っていてこれはこれで楽しめました。

ブランデンブルク門。えっすごい車通ってるけど;;

もう一回近くでパシャ。
併設で小さいマジパン博物館があります。お土産にマジパン購入。
じゃがいもマジパンなるものがありなんだそれ・・・って買いましたがなるほどじゃがいもでマジパンでした。
今度はフリードリヒスブルク門へ。ここでは海洋系の展示博物館がありました。ここはプロイセンというよりはロシアの海軍関係の展示が多かったです。

がっつり建て直されてる

ロシア海軍のセーラー服かわいいー

この時なんのこっちゃよくわからなかったんですがクシュリュー砂州の近くにあうピラウ(今のバルチスク)の五角形要塞地図でした。7年戦争時にはロシア軍が攻め入り教会を立てて帰ったとか。時間があれば行ったら楽しそうですね。

この悪魔の城感・・・

橋を歩いていた時の写真。ここ、普通に歩けるんですけど床板がすっごいボロボロで、しかも橋の上で電車ががったんごっとん通っていくので終始手すりにつかまりながら歩いてました。ここで死ぬかと思った。
今度は地下壕(ブンカー)博物館へ。

住宅地?公園?のど真ん中にいきなりあります。
グーグル先生がいなかったら詰んでた。

1945年ドイツ軍がここでロシア軍に対し降伏し、ケーニヒスベルクの闘いと歴史が終わった訳です。

中は小さいですがパノラマが沢山あります。オーディオガイドもある。

あああ~~~やめてくれぇ~~~もったいねぇ~~~~

降伏時のラッシュ。

博物館の外に一歩出るとそこはケーニヒスベルクではなくカリーニングラード。
何度もそのギャップを感じてくらくらしました。
ここに来るドイツ人の数は年々減っているといいます。ドイツもカリーニングラードの返還は要求していない。そうやって段々とロシアとしての歴史を作り上げていくんでしょう。
ハフナーの「伝説からの解放」の最後の章で書かれていた「だれかがもういいのだ、と言わなければならない。追いやられたプロイセンの人たちが復讐も帰還も考えずドイツに順応している冷静さこそがプロイセンの美徳とも言えるだろう(要約)」という一文が大好きなんですが、まさにこの言葉こそ街の在り様を体現してるのではないかと思います。オタクの妄想ですがあらゆる場所に点在する史跡が「もう終わったことだよ」」と語りかけてくるような、そんな場所でした。

夜ホテルでだらだらしていると外で爆発音が。若者の爆竹さわぎかと思いきや教会前の橋で花火が上がっていました。全く情報がないのでどういったお祝いなのかはわかりませんでしたが(フリッツ崩御の日ですが流石に違うだろう)。だれか詳しい人教えて下さい
という訳で観光全日程終了しました。ここから約2日かけて日本へ帰還しその足でスパコミに遊びにいきました。流石に体力が限界に達し次の日から風邪をひくという残念な結果になりましたがやり遂げた感はあります。
色々と複雑な気持ちになる場所でしたが、治安も良く人も優しく、歩いて色々見れる場所なのでプロイセン好きな方ならがっつり楽しめると思います。ただ生きてるぷーちゃんには会えない。その場合はベルリンやポツダムの方に行った方がいい・・・私も行きたくなりました。これから予定している方の参考になれば幸いです。
カリーニングラード2日目
朝のホテルから見たプレーゲル川。長閑・・・

どうも気候が変わりやすい様でスコールみたいなのが降ったりやんだりしてるみたいです。
朝はどうせどこも開いてないのであの悪名高いソビエトの家に。
大概の名所は歩いていけるという事実に気付いたので散歩がてら歩いていきました。
このソビエトの家、ほんまに目立つんです。まぁ元々城のあった高台の一等地なので当たり前なんですが、もうちょっとましなデザインはなかったのかと。


凄く・・・廃墟です。風が吹くと窓と思われてたとこがめくれたりしてペラッ…これはビニールシートッ
結構近くまで歩いていけます。入っちゃだめだろうけど入りたい奴がいたら物理的には入れてしまうのでは?
朝だったせいかは分かりませんが、交通の多い市街地にもかからわずこのソビエトの家がある一体の広場には人っ子一人いませんでした。誰にも相手にされていないというべきか、誰も寄せ付けないというべきか。
昨日の大聖堂はきれいに作り直されていたので錯覚していましたが、これこそがこの街の現実だと突きつけてくるような無機質さ。
地盤が悪くて廃墟化した経緯をプロイセンの呪いと人は言ったらしいですが、そういう亡霊が本当にいるかどうかはともかく、復元された大聖堂と城を壊して新しいものを作ろうとして失敗したソビエトの家、この2つの建物がこの街のちぐはぐさを作り出している気がします。
もしこのソビエトの家が共産主義文化の象徴的な建物として予定通り完璧に作り上げられていたとしたら、この建物はこの街の新しい文化の象徴たりえたんでしょうか。

ソビエトの家周りの立ち入り禁止区間には城跡の一部と思われるレンガが・・・こ、これは・・・推しの死体だ・・・推しの・・・
色々と複雑な気分になりながら琥珀博物館へ。ロシア自体琥珀で有名?ですがカリーニングラードは世界全体の8~9割くらいの琥珀産出率を誇るらしいので、ロシアが琥珀を推せるのはカリーニングラードのおかげということ??(適当)
琥珀といえばプロイセン王がピョートル大帝にプレゼントし、エカチェリーナさんが愛した琥珀の間。それを大戦中にロシアから奪いわざわざケーニヒスベルク城まで持ち帰って爆破されて城ごと燃えるなんていう悲しいオチを先代の両王家が聞いたらどう思うんだろうか・・・。

琥珀博物館自体は歴史よりも美術品の展示が主な内容でしたが、建物はプロイセン時代の城塞を改装したものでした。

琥珀の間再現


この辺はふとしたところに城塞や城壁が沢山残ってる

湖の多い街だなぁ

その後勝利広場に向かって歩いてみるとでっかい市場がーわー楽しい!
なんか全てがでかい。ここでばあちゃんが戦後ロシア兵に貰って食べてたというひまわりの種をお土産として探すことに。しかし戦時中ならともかく、このご時世ひまわりの種なんて食べるか?と思いきや売ってた、すごい大量に。なんかもうほっとくと1キロくらい買うことになりそうだったのでパッケージ品を買って帰りました。
ところで私ロシアの国花が向日葵なのはあったかいところいいなーひまわりが沢山咲く場所いいなーぼくのところにもいっぱい咲くといいなーっていうノリで決まったのかと思ってたんですが、ロシア正教会からの禁止リストから漏れてたおかげで油や食べ物として普及したからだったんですね。てっきりお花かわいい!からだと思ってた・・・。

勝利広場。名前からしてすごい。

カリグラねこ発見
その後フリードリヒ門博物館へ。軽く言いましたが勝利広場からフリードリヒ門まで、
バスが思った通りに走ってくれなかったので結構な距離歩きでした。あとフリードリヒ門、徒歩で行くと横断歩道がなくてすんごい遠回りさせられます。

博物館の裏手。ここだけはかつてのプロイセンの光景からあまり変わってないんじゃないでしょうか。

門に立ってる石像を再建した時のエピソードっぽい。
・・・?てうかこれもしかして博物館の中??
どうも遠回りしているうちに裏門から勝手に入ってしまっていた様です(またか)。
係員にどうにか伝えるとぐるっと回って正面から入れと。遠いわ・・・

これが門の正面。残念ながら扉部分はコンクリでした。

中にはプロイセン戦前の1900年代の生活用品などが展示されています。
カリーニングラードにはこうやってかつての教会や城塞の跡地に博物館がちまちまとあるんですが、こういった類のものに関心が高い人が多いのかどこに行っても一定数の人がいるんですよね。ファンとしてちょっと嬉しくなります。


ぷーちゃん時代の新聞だぁーー普通にここがドイツの一部として「オストプロイセンニュース」なんて名前で新聞が発行されていた時代・・・
新聞の一部に、長い事あってない友人にあてた手紙とその返信が。どういうシステムか分からないですけど住所がわからなかくなった友達に伝えたいことを新聞に投書したんでしょうか。なんかロマンでは・・・?

普通に郵便局の看板だと思うんですけど皇帝郵便とは仰々しいな

これはまた布がチラ見えするパターンの騎士団さん

えっ子供用???これ完全にぷーちゃんでは?

爆撃後のケーニヒスベルク城の絵。ソ連軍が爆破するまで再建可能だったらしい。
そうこうしていると係員のおばちゃんがなにやら今から館内上映始めるぞと呼びかけを
しており、スクリーンで謎の動画が流されはじめました。かつてのプロイセンの街並みや人の様子の写真をあつめたスライド映像なんですが、これが存外にグサグサ刺さる・・・。戦争がなければ今も古く美しい町並みを残すドイツの一都市として栄えたことでしょう。約700年かけて築き上げてきた街も建物を壊し人を追放し新しい政治を埋め込めばまったく別の街として生まれ変わるのに50年かからない。この街では生きたプロイセンの文化というものは感じることはありませんでした。言ってしまえばこの街にあるのは綺麗に整えてられているか、野放しになっているかの違いはあれどプロイセンという文化の残骸、死骸でした。
ただこうして自分達とは関係がないはずの歴史をここに住む人たちが大事に保存し、一部再建までしている。それは歴史に対しての敬意なんでしょうか。自分達の文化とは全く異なる歴史を持つ地で暮らすことになった時、そうせずにはいられない何かがあるんでしょうか。
そんなことを考えているとまた涙がツーッとあふれてしまい、ただでさえ目立つ風貌なのに余計に不審人物になってしまいました。

という訳でカリーニングラード2日目終り。
記念にホテルでぷーちゃんらくがき。なんだかとてもせつない気分だったのでウェッティな雰囲気になりました。
ちなみにホテルにスパがついているので、スパってなんぞや水着着て入る温泉か?ってノリで行ったらがっつりプールとサウナでした。ロシア人基準で高さ設定されてあるので110センチ深さがありろくに泳げない私は壁に張り付いていました(ダサ)。
カリーニングラード1日目
という訳でいよいよ今回のメイン、カリーニングラードに出発です。
私の様な普領民にとって感慨深い場所です。何といっても推しのかつての首都、心臓部。今はロシア領。飛び地。
自分は出戻り人間の為、10年ずっとヘタリアを追いかけていた訳ではないですが
学生の頃はひたすらぷーちゃんの追っかけをしていました。結構痛めのガチ勢だったと思う。ベルリンやポツダムには5回は行ったしホーエンツォレルン城のお膝元に住んでた。でもカリーニングラードは行かなかった。興味はすごくあったけど、ちょっと遠かったし、ビザ取りにくかったし、ロシア語わかんなかったし、何より変わりきった街を見てがっかりしたり失望したりするのが怖かった。やっぱり高いお金払って旅行するなら楽しくなるものが見たいですし。それならポツダムやベルリンでぷーちゃんの空気を感じていた方が幸せでは?と思ったわけです。
普領の方でもカリーニングラードに行きたい派と寧ろ行きたくない派で分かれるんではないでしょうか。
ようやく出戻ってロシアへの興味が湧いて別にカリーニングラードが完全にロシア化しててもロシアを楽しめばいいじゃないかくらいの精神になれてようやく踏み出せたという感じです。カリグラにあるものに過度な期待はすまい・・・そういう前提で行きました。(どんだけ自己防衛張ってんだ)

シェレメチヴォ空港国内線ターミナル なんか閑散としている・・・
どうでもいいですが、外国で国内線を使うのってすごく旅をしてるって感じがしてとても好きです。
モスクワでも駅などで困っているとすぐに人が助けてくれて(でも大体ロシア語だし無表情)ロシア人優しいな・・・って思ってたんですが、
カリグラに踏み入れてから余計にでも優しかった。飛行機で横に座ったパツキンのショタ(天使)から飴貰いました。あまりに可愛かったので記念品として持って帰ろうかとも思ったのですが気持ち悪いなと思ってその場で食べて見せました。

み、見えてきた・・・これがバルト海・・・ぷーちゃんが駆けずり回ったオストプロイセンの地・・・!
いざ来てみると初めて来るというのにずっと見てきたものの様な、もはや懐かしい?みたいな気持ちになってきました(錯乱)。この辺りからすでにちょっとおかしかったと思います。
空港から出るとちょうど市内へのバスが。めっちゃ普通の路線バスみたいなサイズですけど笑。カリグラの交通事情はほぼ、とりあえず乗ったら係の人がお金を徴収しにくるというシステムなのである意味安心です。市内まで100ルーブル。や、やっす・・・採算とれてんのか?
もしかして看板とか色々ドイツ語併記あるかな?と淡い期待を抱いていましたが寧ろ田舎になって余計に英語表記すら減ってきていよいよ地元感が漂いだしました。
全日程通してドイツ語が通じた回数は少なかったです。ただ、これでもある程度のドイツ人観光客は今もくるのか博物館とかではたまにパゥニェメチキ?と言ってドイツ語で説明してくれる人がいました。若い人は英語率がやっぱり高かった。でも大概の人はおかまいなくロシア語で話してくる。
ホテルはカイザーホフというドイツっぽいちょっとお高めの所にしました。
最初は別の所を予約してたんですが、バスの路線がよくわからないので町の中心に拠点を置いた方がいいだろうというのと、単純にクナイプホフのすぐそばで寝れるってポイント高いなって思い変更。モスクワよりはホテル一般の料金が低いので助かります。
ちなみにバスの路線図はこれ。
https://www.newkaliningrad.ru/upload/microbus.pdf
ただし本当に路線がよくわからない。正直あんまり役にたたなかった。
人によっては使いこなせるのかもしれません。

初日は雨上がりで天気わるかったんですが・・・ドイツ風の街並みを再現したメインストリート。奥にケーニヒスベルク大聖堂が見えます。

そしてやってきたケーニヒスベルク大聖堂・・・大戦で破壊され、ドイツと共同で立て直されたこの街のシンボルです。
元々の大聖堂が建てられたのは13世紀・・・まさにドイツ騎士団の本拠地。

一日に2回ほどオルガンコンサートが催されています。てっきり小規模の教会イベントかと思ってましたが大聖堂の席が埋まるほどの動員数。チケットを買うのも結構ならびました。
しかしこの街で、この教会でオルガンの音が響くともはやぷーちゃんの魂に向けた鎮魂歌では・・・など色々なことを考えていると目からきれいな涙が・・・
とても心に響く良い音でした。隣の家族連れが席を移動したのは単純によく見える位置に行きたかったのであり隣の東洋人がいきなり泣き出して気持ち悪かったからではないことを祈る。
そんな複雑な心境で聞き入っていましたが最後に演奏されたのがおそらくウェストミンスターの鐘。つまりチャイムの音。このせいで一瞬頭が仕事の事を思い出して真っ白になり、その後ボカロの+♂(ふにさん替え歌)が脳内再生されたせいで涙がすっともどっていくのを感じました。

教会に飾られたケーニヒスベルクが輩出した偉人リスト。冷戦が終わったころからプロイセンの文化的側面を再認識する動きがドイツでも加速していったみたいですが、ここカリーニングラードでもそうなんでしょう。ナチの諸悪の根源も同然と見なされていた頃からすれば大きな変化ですよね。でも一方でプロイセンの文化的な側面ばかりをピックアップする傾向もなんとなくむず痒い感じもするんですよね。

教会内、併設のカント博物館は結構ドイツ語併記のものが多かったです。

カント博物館。カントというよりもケーニヒスベルク博物館では?って感じ。
18世紀頃のケーニヒスベルク模型。これは・・・ケーヒニスベルクの橋問題・・・
この橋を私も自分で歩いてやっぱり一回では渡れないじゃないか!ってしたかった・・・。
俺様日記保管庫・・・ではなくカントの図書館再現。いや、もう俺様日記でいいや。

袖?破ったわ。
これが本場の聖騎士様だ

な、なんかMMDでみたことあるッ

帰り道、どうも恋愛パワースポットらしく、橋にハートの形の鍵が沢山下がってました。
これはいろいろとよいネタになるのでは・・・
という訳で一日目でした。
モスクワ2日目
二日目はまずカフェ・プーキシンへ。まぁ、プーキシンとは直接関係がないらしいですが、そもそも私自身がプーキシンの事をほとんど知らない()ので問題ない。
帝政ロシア感を出してみました!なちょっとお高めのランチが楽しめるレストランです。予約はしませんでしたが朝からくる奴はあまりいないのかゆったりしていました。

写真術に失敗。

正直本場のロシア料理はそこまで美味しいかな?って感じですがサワークリームがいっぱいついているのはとても嬉しい。でもブイヨン入れたくなった。

地下におトイレ。トイレばっかり撮ってんなよって感じですが、
上から引っ張ってお水流すパターンを初めて見たのでテンションが上がってしまいました。
昼過ぎの予定まで若干暇だったので地下鉄駅を見て回ったり、本屋で漫画置いてないか見たりしました。ドイツほどアニメは普及してなさそうでしたが目立ったのはワンパンマンと進撃の巨人。ワンパンマンはイタリアでもレストランのお兄さんがヴェー俺も日本の漫画好き~ワンパンマンとか~ と言ってたのでこっちではこういうノリが今ウケてるんだなと思いました。



地下鉄駅。駅ごとにコンセプトが違ってこだわりを感じます。

宗教画かな?と思ってよく見たら、すごくソ蓮です。
さて、時間をつぶしてやってきたのがここブンカー42。またの名を冷戦博物館。
東西冷戦時代に使われていたガチの核シェルターに入れるという代物。これは行くしかない。

予約が必要と言われ、メールでこの時間に行くよ!と言ったら快く返事をくれましたが
実際に行くと予約確認とか一切なく普通にチケット買っただけなのでシステムがよくわかりません。英語のコースは13:30~でした。
ソ連軍服を着ためちゃくちゃフレンドリーなお兄さんんが案内してくれます。
最初にわざわざ軍服コスプレ二人一組で入口に来て写真撮影タイムを用意する当たりファンサービスに余念がない。観光客が二人の間に立ってピースをすると二人がいかにも「今こいつを取り調べしてます」って顔をしながらメモを取るポーズをしてくれる。
どういうコンセプトなんだこれ。
こんないかにもミリオタ向けな博物館、しかもツアー料金2,200ルーブルするのでこんなんミリオタしか来ねえだろって思ってたら普通にカップル、親子連れがメインで
ぼっちで浮いたのはこっちでした。あれれ~~~~??
階段で地下18階まで降りていきます。

この辺写真術ファンブルしててまともな写真がない・・・。

一部撮影禁止で核で人類が滅ぶシミュレーションとか、いきなり核アラームが鳴りだしたりとなかなか冗談のきついアトラクションでした。
しかしこんな地下施設をガチでつくるほどには核の脅威が冷戦時は身近にあったんだなぁと。いや、それは昔ではなく今もそうでロシアだけでなく日本もまったく他人事ではないんですが・・・。
すごく楽しかったのですが、地下18階から歩いて帰ってくるのはかなり骨が折れました。具体的には腰と背中がやられ、咳をしただけでぐわぐわ身体中に響く有様。運動不足の体には堪えます。
でもまだ時間があるしもったいない!という事で宇宙飛行士博物館にやってきました。

正直そこまでの規模ではないと踏んでいたのですがなかなか見ごたえがありました。


ソ連といえば宇宙開発ってイメージもあるにはあるのですが、いつも一体どこからそんな底力が・・・とギャップにぞわぞわします。
これも東西冷戦の副産物ではあるのですが、最後のコーナーにアメリカのロケットが展示されててなんとなくほっこりしました。
シェレメチヴォ空港にも売ってるお土産用の宇宙食、前回同僚にあげた所すげぇからお前も半分くってみろと紙コップを渡されそこにチューブからビチャビチャッっと入れられた時直感的に「あ、これ汚物だ」と思いました。まぁ味は普通でした。美味しいかと言われるとおいしくはなかったです。

ホテルの近くまでかえってきたら、どうも商業施設的な「クレムリン」が近くにあるらしく、せっかくなので足をのばしてみました。
とはいえもう夕方、開いている店も少なく、帰ろうかな・・・と思っていると

お、お、お、お猫様ーーーー!

ふぉおおおおおお!

こ、ここは楽園か・・・
どうも店のおっちゃんたちが猫に餌をやってる様でおっさんになついている様です。
私が猫を探し回っているのを察した通りすがりのおっちゃんが猫を呼んでくれたんですが、

すごい勢いで一瞬こっちに突進してきて

次の瞬間おっちゃんを追いかけて行ってしまった。
という訳でモスクワ観光でした。次は空港からカリーニングラードへ飛びます。
モスクワ1日目
まずは一日目、前回残念ながら入れなかった赤の広場の一連の観光名所を制覇してやるぜ!と勇んで出かけます。しかしここはモスクワ、ヴェネチアとかと比べると地図の縮尺が倍くらいある。つまりめっちゃ歩く。端から端までが遠い。ひきこもりには大変つらい行程でした。
やはり武器庫見ずしてクレムリンは語れないと思い、朝からチケット売り場へ向かいます。ぶっちゃけ武器庫のチケットはぜひネットで事前に買うべきです。私はクレジットカードのトラブルを処理しているうちにネットチケットが売り切れて朝から並ぶ羽目になった訳です。
驚くべきは中国人団体観光客の多さ。いやマジで多い。国の勢いを感じます。
適当に最後尾っぽい所に並んで待つこと数十分。中国人たちにもまれながら荷物検査を
ん?終え・・・ってチケット買う前に荷物検査?

あれ?
これ絶対入ってるよね???
いやいやいやだってみたもんこの大砲ガイドブックで。皆記念撮影始めてるし。
どうも中国人団体観光客に間違えられて一緒に中に入ってしまった様です。
とはいえチケットなしでは武器庫に入れないので中を拝見するのもそこそこにもう一度
並びなおすのでした・・・。
並ぶこと約1時間。13時の入場券を手に入れました。
残念ながら武器庫は写真NGでしたが、ロシアさん好きにはたまらないお宝の数々。
諸国からの外交の貢ぎ物なんかもたくさんあってそういう方面でもとても楽しめる場所でした。

そして次に向かったのが国立歴史博物館。うひょー名前だけでもテンションが上がります。ロシアさんの歴史の数々がここに集約されている。正直広すぎて石器時代の展示品だけでかなりのボリュームがあり、このまま石ばっかりの展示で終わったらどうしよう・・・と若干不安になりましたがしっかりお目当ての17~20世紀あたりの展示もありました。

お袖のお花メルヘン過ぎない?かわいすぎでは?こんなのロシアさんしか着れない。

19世紀初期くらいのかな?とても参考()になります。

この頃のろしあさんの帽子についてるボンボンのついた紐可愛すぎると思うんですよ。

後ろもごてごてしいーーっ可愛すぎか・・・
まさにこれを見る為に来たとばかりにガンガン写真を撮りまくっていると周りの人がそんなにすごい物なのか?と釣られて写真を取り出すのに若干の気まずさを覚えなくはなかった。とにかくお洋服がどちゃくそ可愛いのでお勧めです。

一通り満喫した後グム百貨店へ。共産主義とは何だったのか、今日本ではなかなか見られない様なバブルな空気が漂います。私なぞはバブルが弾けた世界しか見たことがないですが、一昔前は日本の百貨店もこんなだったんだろうか・・・と若干のもの悲しさを感じずにはいられません。

エレベーターの裏がこんなにかっこいいとか抜け目ないな!

グムの地下には帝政ロシア時代からの歴史あるおトイレ様が・・・確か100ルーブルで入りました。記念に。

グム内のレストランで食べたブリヌイ。中にこれでもかってほど生クリームが入っています。

イズマイロヴァ駅の中の銅像。どう考えてもソ連時代のプロパガンダ的な何かだと思うんですが、こういうのが批判されるわけでもなく、いやむしろ花飾られてるし、普通に溶け込んでるのがいかにもろしあさん。
そんな感じで1日目が終了。早めに帰ってゆっくり寝ました。
モスクワ・カリーニングラード行ったよメモ 準備編
今回は一人旅の為アウトプットが不足しがちなのでブログの形式でまとめる事にしました。後はカリグラに行く予定のある方への情報提供になればという目的で。
※念のため言っておくとヘタリア好き露普領民による聖地巡礼以外の何物でもないので
普通の観光名所を網羅しているとは限らない・・・
まずは日程はこんな感じ
1日目:日本発、夜8時モスクワ着
2日目:モスクワ観光 主に赤の広場
3日目:モスクワ観光 ブンカー42,博物館めぐり
4日目:モスクワ発 国内線でカリーニングラードへ
5日目:カリグラ観光
6日目:カリグラ観光
7日目:カリグラ発、モスクワ着、そのまま日本へ
8日目:大阪着 インテに行く()
ビザはネットで代行に頼みました。田舎者にはこれが一番安くて楽。
ロシアビザは複雑そうなイメージがありますが代行だと紹介状やホテルの証明なんかも要らなくて非常に楽です。カリグラは国内線の飛行機でいく場合はダブルビザ不要でした。
飛行機は安さと乗り換えの時間短縮を重視で約11万円。カリグラまでの国内線チケットもスカイスキャナから購入。アエロフロートで往復約1万5千円でした。
リトアニアやポーランドからのカリグラ入りも考えましたがモスクワをリベンジしたいというのもあり空経由で行く事に。値段的にもこれが割と安いんではないかと思います。
GWにイタリアからの帰り道にトランジットでモスクワに10時間ほど滞在したのですが、丁度戦勝記念イベントの準備中で赤の広場に入れなかった悲しいお話がありました。

代わりに軍用機のデモは観れたんですが...!心行くまでロシア
ロシア語は旅行の為に2ヶ月頑張りましたが実戦未経験の為とても会話が出来るというレベルではない。結果的にはちょっとでもやっててよかったと思う。
あと、デパートでトイレから出た時にどっちから出ればいいかわからないレベルで
方向音痴なので、今回はグーグルマップ先生にお世話になるべく海外用SIMカードを事前に購入しておきました。15日間使えて3,000円なので海外wifiレンタルするよりはよかったと思います。
と言うわけでここまで下準備編でした。

